あの時触れることが出来てたならやっぱり運命は変わってた。 根拠も何も無いけどそう思うよ ずっと 忘れられないで居るんだ君の事 僕が小説家なら結末を書き変えよう。 消しゴムのせいでぐしゃぐしゃになった原稿用紙 それでも、赤いペンでこう書くんだ 「最後の夢はきっと素敵な物語で 僕は君を抱きしめてハッピーエンドだ。」 王 子 の 歌 「ハッピーエンドですか」 「そう、ハッピーエンド」 「以外にロマンチストですね」 「うっせ」 クラッシックギター片手にテキトーな詩をつけて歌う店主に僕は半分呆れモードで、変な店の、その骨董品だかアンティークだか良く判らない様な売り物の肘掛椅子に座りながらこれまた売り物らしい本棚の売り物らしい本を読んでいた。 「誉ちゃん歌は?」 「歌は…何です?」 「歌わないの?」 「歌いません」 「歌ってみない?」 「歌いません」 「歌上手そうなのに」 「憶測はやめてください」 ふははと笑いながら彼はクラッシクギターを机の上に置いた。 「何読んでんの?」 「小説です」 「面白い?」 「あなたが話しかけてこなければ、もっと。」 「ひでえ」 本を閉じる。集中なんかできやしない。 「そろそろ昼飯の時間だな」 「…そうですね」 「冷蔵庫に何かあったっけなー」 「何もありませんでしたよ、確か」 「……うどんかな…」 「じゃぁ狐で」 「俺天麩羅」 主語無くして成り立つ会話をしていると馬鹿になるんじゃないかと思いながら、レジスターが無造作においてある、散らかった机の上からごそごそと出前のメニューを引っ張り出す。出前をしてくれる、近所のうどん屋のメニューだ。もうかなり古い店らしい。最近はお得意様になってしまった。 ――と、そこに。 カララン、と乾いた音。 「いらっしゃいませ」 「え、あ…」 店主…唐草はうどんのメニューを机に置いて、客を見て言った。普段は出さないような、静かで低い声だ。しかしドアを開けた客は、いらっしゃいという言葉に驚いて動きが止まってしまった。きっと店内に置かれたガラクタの所為だろう。 「あ、……あの、ここは」 「伽藍堂です」 「がらんどう…?」 「伽藍堂、という名前の骨董屋です」 唐草の意味不明な答えに、とりあえず相手が理解できるようにと言葉を付け足す。 客が戸惑うのも無理は無い。この店は表からは内部がはっきりと見えないような構造になっていて(窓は一応あるのだが、レースのカーテンがかかっているから中はあまり見えない)、加えて店の名前も出さずに、ドアノブのところに「OPEN」と書かれたものが下げられているだけなので、一見の客が入ってくることは無いに等しいのだ。 何も知らない客がドアを押すには、たぶん、かなりの勇気が居るだろう。 店としては最悪だと思う。 そして今回の客も例に漏れず、店内を見回して明らかに当惑の表情を浮かべている。後悔、ともいえるかもしれない。それもその筈、この店はきっと初めて見る者にとってはかなりに奇妙だ。 「狭いけど、自由に見て回ってください。手にとってくれてかまわないんで」 人懐っこそうな笑顔を浮かべて唐草が言った。唐草。伽藍堂の店主。30代。無精ひげに少し癖のある黒髪を後ろでひとつに束ねて眼鏡をかけている。別段、取り立てて怪しくは無いがどこと無く違和感を感じなくもない風貌だ。客は少し戸惑いながらありがとうございますと言って足元に置いてあった銅製の傘立てを撫でた。 『伽藍堂』は一応、骨董屋だ。しかし店に置いてあるものは節操なく、骨董品と呼ぶものからアンティークと呼ぶもの、そしてガラクタに等しいような物までとさまざまだ。しかも肝心の店主は目利きでも何でも無いので、この店は店としても最悪だが、骨董屋としても最悪だ。 むしろもうリサイクルショップと名前を変えたほうがいいと思う。 唐草はたまに、ふらりとどこかに行ってはわけのわからぬものを買ってきてそれを愛でるのかと思えば無造作に店に置くのだ。 それか、"引き出し"にしまう。 そう、引き出し。 それが、一見の客が驚き、戸惑う部分だ。 「で、誉ちゃん。狐でいい?」 「え?あぁ…えぇ」 「俺どーしよ。天麩羅にしようか山菜にしようか掻き揚げにしようか悩んできた」 「健康的に山菜にしたらどうです」 「あ、そーだお客さん」 「え!?」 急に話を振られてびっくりしたのだろう。謎の青磁の壺を見ていた客は弾かれた様に振り向いた。 「急ぎの用とかあります?」 「え?」 「いや、3つ頼むと安くなるから」 「あ、あの…??」 「あぁ、うどんです。今昼時ですから」 何が、昼時ですから、だ。 「まだならここで食べていきません?ここでって言うか出前ですけど。3つ注文ならひとつ100円引き。」 「うどん、ですか…?」 「そ、うどん」 「良いんですか?」 「そりゃもう。100円引きだし」 「えっと…じゃぁ…お言葉に甘えて…てんぷらで」 「じゃあ俺山菜にしよ」 昔風のピンクの電話をじーころじーころと音を立てながら回していく。まるで狐に包まれたような顔をした客は、えっと、と僕に話しかけてきた。 「いいんでしょうか、その…」 「気になさらないでください、彼の趣味です」 「趣味?」 「この人、変な人ですから」 「変な人とか言うなっての。怪しまれるだろ」 要するに話し相手が欲しいんですよ、と説明すると不思議そうな顔をした。君は話し相手にならないのか?という顔だ。 「私は、話しても面白くない人間ですから」 「嘘吐け。ただ相手してくんないだけじゃん」 「あの、僕もそんなに話し上手ではありませんけれど…」 困ったように言った客をここで改めて見る。髪が短く切りそろえられていて清々しい印象の背の高い青年だ。僕よりは年上だろうけど、それでもまだ若い方だろう。 サラリーマンだろうか、スーツにカッターシャツに、きっちりとネクタイを締めている。もしかしたら、昼時だからどこか定食屋でも探していたのかもしれない。 「近くの…オフィスビルで働いてます」 「事務?」 「いえ、ただのサラリーマンで」 「いや、ただってことは無いだろー働いてるんだ、立派だ」 そりゃ無職同然、開店休業よろしくな30代からすれば立派だろう。…そういう私も、人のことは言えないのだけれど。甘く煮た厚揚げを口に含みながら、親しげに話している唐草の顔を見た。二人はいつの間にか意気投合している。 唐草には、不思議とそういう話しやすい魅力があるらしい。 「僕、昔はこれでも、夢追い人だったんですけどねー…」 「夢追い人?詩人!何を追っかけてたの?」 「お恥ずかしい話ですが、小説家を目指していて…」 「小説家」 思わず反応してしまった。 にやりと唐草が笑う。 「誉ちゃん小説好きだかんなー」 「いえ、僕はなんと言いますか、小説というようなそんなしっかりした物はかけないんですが、その…どちらかといえば、童話に近いものを」 「童話作家ですか」 「えぇ…」 「いいなぁ。童話。アンデルセンとかイソップとか」 「えぇ、グリムとか」 「俺は人魚姫好きだなあ。」 人魚姫って健気じゃねえ?俺ああいう感じの子好き。と唐草が笑う。天麩羅を食べながら客(木幡というらしい)は唐草の見た目と発言のギャップに笑った。 「今は目指してないの?」 「え?」 「童話作家」 「中学生の頃とかは…色々と書いていたんです。でも親が厳しくて。」 「親ねえ」 「えぇ、ありがちなんです。良い学校に行けとか大手会社に就職しろってうるさくて、童話なんてそんなもの、何の役に立つんだと言われて…。高校受験の時、当時書き溜めていたものが見つかってしまって…すべて、破かれたんです」 「うわぁひどいな」 「変な話ですけど、そこで「あぁ、"そんなもの"なんだ」とか思っちゃうんですよね、子供って」 「親は変なところでクるからねえ」 唐草がちら、と僕を見てきたので無視してやった。 「それからはなんだか書くのが億劫で、でも忘れられずに今もずっと引きずってる、…って感じです」 「でも最近はまた童話とか見直されてるからなぁ。大人のための童話、とかさ。ところで木幡クンは童話、何が一番好きなの?」 「えっと…実は…僕も、人魚姫が好きで」 言ってからちょっとだけ照れて目を伏せた、その仕草がなんだか少し寂しそうだった。彼はやっぱりまだ、どこかで追いかけたくて仕方が無いんだろう。そう考えていると、ずぞぞと麺をすすっていた唐草は何かを思いついたらしい。箸を置いて立ち上がり、骨董品が山積みにされているところをごそごそと漁りだした。木幡さんは気になったようで、海老天の尻尾を箸で摘まみながらことの成り行きを見守る。 「あったあった」 埃を払いながら唐草が戻ってくる。唐草の手に握られたのは硝子のオルゴールだった。古いような、そうでもないような。だけどとてもきれいで、埃を掃うと硝子は透き通っていた。硝子の部分は彫刻になっている。 (あ、) 人魚姫だ。 「見てこれ、人魚姫のオルゴール。曲は何だっけ…どっかの国の民謡かなんか」 「きれい、ですね」 「これ、買わない?」 「え?」 「人魚姫は王子様に恋をするんだ!」 どん、と木幡さんの前に置いた。 「でも報われない。王子様は他の人に恋をして結婚してしまう」 「え、えぇ…」 「俺は、実はそれが嫌でさあ。人魚姫かわいそうじゃない?」 そんなこと知ったこっちゃ無い。アンデルセンはそれでも人魚姫に恋をさせたのだ。だけど、人魚姫のエンディングはかわいそうなバッドエンドではなく、列記としたハッピーエンドなのだ。泡になって、空気中に拡散して王子の頬を撫でて雲になり、大地を潤す雨となりまた海へと戻っていく。 人魚姫は、その自然の循環に幸せを感じるのだ。 「だから」 しかし唐草はそうは思っていないらしい。 「君が、人魚姫を王子と結婚させてくれ」 「は?」 「書くんだ、君が!」 「はあ!?」 「きっと売れないと思うけど、お前もう大人じゃないか。親の意見なんてもうどうでも良いだろ?」 そして、笑った。 「というわけでこれ買わない?」 「え、」 「君は、君の夢でこれを買うんだ」 「え?」 「うーんこういえば判りやすいかも?"君は夢を買うために夢を払う"」 「ど、どういう…」 「だから、君はこれを買う。金じゃなくて夢で買うの。そして、これを買ったら君は小説家にならなければならないのだ!」 夢は所詮、いつまで経っても夢のままだから無理やり売り払ってしまえば現実にでも変化するだろ。と自信満々に唐草は言った。だからこれを夢で買え、と言う。 …強引だと思う。滅茶苦茶だ。筋が通っているようで、ぜんぜん通っていない。矛盾もしている。何が夢でこれを買う、だ。しかも代金は夢だと言っても物理的にはタダなわけだから、それは押し売りというより押し付けで、まぁ詐欺ではないだろうから向こうに損は無いが、しかしこちらは大損だろう。そのオルゴールがきちんと鳴るかどうかは知らないが、黙って売れば最低限二千円そこそこの値は付きそうな代物だ。こんな事ばかりしているから、"まとも"な収入が無いのだ。 …だけど、 「…僕の、夢で…?」 「そう。君の夢で」 「僕が、小説家に…、」 「どう?これ買って、小説書くか?君は今でも童話作家になりたいんだろ?」 「なりたい、です…。でもそんななれるかどうか」 「いや、なれる!っつーか一回くらい砕けるつもりでやってみたらいいんじゃね?」 大事なのはチャレンジ精神だよ。と言った。 「でもこんな綺麗なオルゴール、夢で買うだなんてタダで貰うも同然じゃないですか。代金は…」 「あーじゃぁ本が出たら」 「本…」 「おう、一番に持ってきてくれ。5冊くらい。店に置くわ。代金はソレで。」 「でもそんな、本なんか出せなかったら、」 「これを買う以上は出す気で頑張れ!」 喝!そんな感じで大きな声を出されて木幡さんはびくりとした。そして、今日はじめて目覚めたような顔をして頷く。 やってみる、と目が言っていた。 「じゃぁ、これ買うね?よし包んどくわ、まぁゆっくり食べなよ」 楽しげに包装紙を出した唐草を横目に、木幡さんにも気づかれないように溜息を吐く。これが趣味なのだ。彼の、唐草の趣味なのだ。誰かの話を聞き、誰かの背中をさりげなく押したりする。誰かの人生を180度変えたりまっすぐな道に分岐点を作る。彼の、奇妙な趣味だ。 …だけど、 うどんをすする木幡さんの目は、店に入ってきたときの目と、ぜんぜん違う。 (魔法使いみたいだ) そう思った。 (この人はきっと、夢を叶えるんだろう) ガラスの人魚姫は紙に包まれクッションに囲まれて箱に入れられた。ソレを静かに机の上に置いて、唐草はもう一度うどんを食べなおす。 しばらくは沈黙が続いた。 この店の名前「伽藍堂」、とは空洞…つまり、からっぽという意味で。どういう考えでこの名前をつけたのか僕は知らないけれど、しかし店主の唐草は、人のどこかに空いた空っぽの部分に、 何か「良いもの」を吹き込んでしまう不思議な人だ。彼のそれは"趣味"だけど… だけどそれは、まるで、魔法使いみたいに、 「良いもの」を吹き込まれた人は輝きを増すのだ。 唐草。 変な人だと思う。だけど、そんな彼がうらやましくも思う。何故だか強く惹かれるのは、やっぱり僕にも埋めて欲しい空洞があるからだろうか。 夕暮れ。 「ふあぁ」 「………」 うどんを食べ終わった木幡さんは人魚姫のオルゴールを持って帰って行った。それが昼過ぎで、今はもう夕方。それから今まで、客は一人も来ない。決まった閉店時間なんてこの店には無いけど、きっと今日は客がこないまま店を閉めるだろう。ぼんやりと日が暮れるのを見つめる。 僕は、窓から差し込む夕日で店内が朱色に染まりだしてくるこの時間が少し好きだ。目を細めながら部屋を見渡すと、なんだか異世界に迷い込んだような気分になれるからだ。アンティークや骨董品は朱く照らされて、それがまるで今までそこにあった物とは別のもののように思える。彼らはこの時間だけガラクタで無くなるのだろうかと、どこかでそう思った。 あぁ。夕方は逢魔ヶ刻とも言われているから、もしかしたら空っぽの古いアンティークに魔が入り込んでこの時間だけ不思議な魅力を発しているのかもしれない。 不思議な魅力。変わるものたち。埋められる空洞。唐草は夕日みたいだと…なんとなく思う。空っぽの中に何かを吹き込む。 (じゃぁ、唐草が空っぽの中に詰めているものはも「魔」?) なんて、馬鹿なことを考えて少し笑った。 「何!どうしたの!?」 「はい?」 「見たよ!今笑ったでしょ」 「笑いませんよ」 「ウソー」 やっぱり可笑しくて、ちょっとだけ笑った。 いつものことだけど別段することが無くて、私は昼間と変わらず売り物の肘掛け椅子に座って売り物の本を読むことにした。唐草はなにやらうろうろとしていたが、思い出したように端っこに除けてあったクラッシクギターを手にとった。 「ねー誉ちゃん。どう思うよ」 「主語が抜けています」 「人魚姫が泡になった後、王子はどう思ったんだろうね」 「本では、結婚相手と海を眺めて、無心に寂しく思うんです」 「俺はね、やっぱり王子も人魚姫が好きだったんだと思うわ。気づかなかっただけで」 ポロロ、と転がるようにギターの弦を弾く。夕方に酷く似合う音色だった。 そしてまた、昼間に歌ったテキトーな詩の歌を歌いだす。 「――…、…」 だけど、今はもうテキトーな詩ではなかった。 気づいて顔を上げる。 同時に本を閉じる。 そして彼を見る。 夕日に照らされて、やたらかっこよく見える。 「魔」が通っているのか。 それとも彼は夕日だからか。 狭い店内に声が響いた。 それは低くて、穏やかで、やさしいメロディーで 淡く淡く 心に、響く。 ―――あの時、 触れることが出来てたならやっぱり運命は変わってた。 根拠も何も無いけどそう思うよ ずっと 忘れられないで居るんだ君の事 僕が小説家なら結末を書き変えよう。 消しゴムのせいでぐしゃぐしゃになった原稿用紙 赤いペンでこう書くんだ (あぁこれは) 人に恋した、人魚姫。 "人"に恋した、王子様。 (王子の歌、だったのか) 「…誉、」 「はい?」 「"最後の夢はきっと素敵な物語で 僕は君を抱きしめてハッピーエンドだ。"」 ポロン、と最後の弦を弾いて楽しそうに笑った。 「……」 「俺はこういう結末が好き。」 「見かけによらずロマンチストですね」 「うっせ」 幸せな人魚姫の童話が入った短編集が店に届くのは、 それから少しだけ、先のお話。 ← |