マ カ ロ ニ 哀 歌 







ぼんやりテレビを見ていたら今時の流行のドラマをやっていて、だけど大して面白くなかったのですぐに消した。途端に部屋中の音が消えて残ったのは自分のフォークの音だけで僕はスーパーで買った消費期限が今日の250円のグラタンをぼそぼそと食べていた。マカロニが柔らかいなぁと思ってフォークに何本まで刺さるかなと実践していたらピンポーンとチャイムが鳴る。 鳴った瞬間、返事を返す前にガチャリとドアが開いてそこから馳が顔を覗かせた。


「こんばんわー」
「どうしたんですか、何か用でも?」
「いやぁどうせろくな夕飯摂ってないんだろうと思ってね」


家にあがりこんで来る彼ががさがさと音を立てるのはどうやらいつもの紙袋じゃない。 近くのスーパーのものらしき袋から何だかお約束のようにねぎがはみ出していた。 このクソ熱いのに鍋でもするつもりなんだろうかと考えて、 だけどうちにはお鍋用のガスコンロも無けりゃガスボンベもないし土鍋も無い。一体なんなんだろうと思っていると、 がさがさと音を立ててあがりこんできた馳が僕の今夜の夕食を見て顔を顰めた。


「それだけ?」
「これだけ」
「なんて不健康な…」
「マカロニですマカロニ」
「炭水化物だけじゃん」


そう言って僕の真横に座りひょいっと実験していた「何本刺さるか」を食べられてしまった。あーあ、記録は4本で終わり。あと3本は刺さりそうだったのに。 残った海老とチーズをぼそぼそと食べていると馳は向かいに座りなおしてスーパーの袋の中身を広げだした。

人参、ジャガイモ、玉葱にねぎ。糸こんにゃくと牛肉とみりんとさとう。あと豆腐。


「何か作るんですか」
「肉じゃが食べたくなって」
「…ふぅん」
「家に帰るのも面倒でさ、…台所借りてもいい?」
「いいですけど」


でもあんな品揃えの悪いキッチンで一体全体肉じゃがなんかが出来るのだろうか?量りもないし調味料もないし…あ、醤油とポン酢はあるけど。でも他には何も無い。何も無い。生活感の無い家とかいうんだろう、こんな感じの家を。でも一応生活できてるからいいんだけどね。僕は別に、気にしない。最低限の生活が出来たら良いのだ、本当に。


「あ、お米ある?」
「ありませんけど」
「うっそ。炊飯器も?」
「炊飯器も」
「信じられない、どうやってご飯食べるの!?」
「…買って来る」
「金かかるじゃん!」
「…小食ですから」


実際今日だって300円以内で済ませてるし。水は水道水だし大体毎日がこんな状態なのでそれが普通だと思っていたけど…あぁ、やっぱりまともな人からすれば変なんだろうな。と思っていたら馳がねぎを片手にあんまり食生活崩すと体壊すよ、と…真剣な目をして言ったので ちょっとだけ、心の中が暖かくなった。 心配してもらうと言うのは何だか面倒臭く気分は下がるものだけれど 馳に心配してもらうのは悪くないと思うのだ。彼には押し付けがましさがひとつもない。そこが、とてもいいところだと思う。


「あ、そういえば今月号もらってきた。鞄に入ってるから一部とってね」


台所から料理をする音と声がして、 マカロニグラタンを食べ終わった僕はフォークを片付けて馳の鞄を手繰り寄せ、中から雑誌を一部抜き出してぼんやりとそれを捲る。 「DE映TH」と大きく書かれた表紙には女の子が真っ白のワンピースを着て真っ白な場所に立っている写真が使われていた。 ぺらりと捲った一ページ目は何かよく分からないものの写真と広告。 化粧品とかそんな安っぽいものではないけれど多分デザインとかどっかのメーカーの服の広告。
名前を売りたいブランドが競ってこの雑誌に名を載せるから。…そう、この雑誌はもしかしなくとも結構有名なのだ。

ペラペラと、何ページか捲ったそこにそれは居た。

白いシーツを皺くちゃにして寝転ぶ真っ黒の服を着ている子。目許はきつく見えるように赤いアイラインを引かれ、此方を睨んでいるその子は多すぎるほどの黒いレースを跳ね返すような白い肌をしている。
ぼんやりとそれを見つめる。だれが、この子と僕が同一人物だとわかるのだろう。自分自身でさえもかわいいなと思うのはそれが僕の知っている自分じゃないからで…だから自分が載っているという実感は無い。

切り取られた僕の姿は99パーセントの嘘で構成されているようだ。

ごめんなさい、と心の中で呟いた。


「かっわいいよねぇ」
「!」
「ホント、良く似合ってる」


後ろからひょこっと覗き込まれてびくっとした。


「皆に好評でね。撮影所に連れて来いって言われちゃった」
「…嫌ですよ」
「うん、解ってるよ」


約束だものね、と微笑まれてほ、と安心した。早くも台所からぐつぐつという野菜を煮込んでる音がして、馳は米を買いに行くといって近くのスーパーまで走っていった。 台所へ行くと料理中の台所がそこに在って、…何だか酷く、気持ちが掻き乱される。


別に昔を思い出したわけでもない。 料理なんてしないからちょっと物珍しさだけに惹かれているだけだ。 だからだから別にこれは――







――寂しいという感情ではない。








「よっしゃ出来たよー!おいしいとは限らないけど…食べる?」
「良いんですか?」
「ん、もちろん」


数量は少し少なめ。レンジでチンして食べれるタイプのご飯を湯で温めてお茶碗によそってテーブルに並べる。向かい合わせに座る僕と馳、両手をそろえて彼はいただきます、と行儀良く言った。


「あつ」
「あージャガイモちゃんと柔らかい!良かった」
「……」
「どしたの」
「…おいしい」
「でしょ?そりゃぁもうかなりれんしゅ、…あ」
「練習?」
「…おいしいなー」
「練習、って言った?」


じ、と見つめればだって湫、死んじゃうと思ったんだもん。と言われてまぁマカロニのみじゃあ他人に心配かけてしまうかなとボンヤリと思った。

だけど馳は、そのために僕の為だけにきっと買い物をして、ご飯を買って、料理をしてくれてこれじゃあ何だかまるで




かあさん


みたい。


「…おいしい」
「よかった」
「久々にまともな食事食べた」
「だろうと思ったよ」
「お米も久々」
「不健康すぎる」
「あはは」
「リクエスト言ってくれたら作ってあげるけどなぁ」
「…なんでも?」
「あ、グラタンは作れない」
「じゃぁ、」


小さい頃食べたもの。お母さんとお父さんがまだ笑っていた頃。お母さんがまだちゃんと居た頃、 まだ僕がしあわせだっただろう頃に食べた…


「シチューがいい」
「あぁ、何か似合いそうだねぇ」
「はい?」
「ううん、食べてる時の構図もいいかなぁと」
「……」
「あ、作ってあげるよ!来週にでも」
「うん」
「楽しみにしてて」
「…うん」
「で、写真も撮らせて」
「…いいですけど、べつに」


延々と構図の提案を述べる彼の向かいで、生きる目的があるって、何て楽なんだろうと思う。今日から僕は一週間、彼の作ったシチューを食べることだけを考えて生きていく。…ことにしよう。そうすれば生きる目的が出来るから。
だけど料理を作ってもらうって、こんなにも暖かくなれるものなのだろうか。僕の為に、僕のためだけに作ってくれるなんて…まるで僕の居場所が出来たみたいでくすぐったかった。紙の上に印刷されたのでもなく、この家の中でもなく、他人の意識の中に僕がいる事実。

安心、安著、の二文字。


「ありがとう」
「うん?」
「ございます」
「あぁ、いいよこのくらい」




今日は、薬は要らないかもしれない。