シ ャ ッ タ ー フ ラ ッ シ ュ







「あーおはよう」
「おはようございます」
「あれ、何?どうしたんですか」
「別に…」
「あ…薬、飲んだ?」
「今から飲む」
「そっか」


合鍵で部屋に入ってきた彼をじろりと見るとにこりと笑顔で返された。相変わらず重そうな黒いかばんの中には今日の仕事道具が入っているのだろう。 そして本日はそれに加えて白くて大きな紙袋が二つ。 そっちはぼくの仕事道具だろう。


「今日は」
「ん?」
「どんな服なんです?」
「良くぞ聞いてくれました、今回は珍しく、担当さんに好きなブランド選んでも良いよって言われたからさぁ」
「……」
「絶対君に似合うと思って、ちょっと我儘言って高いの出してもらったよ」
「高いの?ドレスとか?」
「ゴシックロリィタな服」
「………」
「俺の趣味」
「でしょうね」


薬を3錠。
全てを難なく飲んでから一つ目の紙袋を漁ると 漫画だったらびろっと効果音が付きそうな服が三着。 片方は黒のレースがこれでもかと言うように広がるスカートで もう一枚は赤と黒のりぼんが絡みそうなくらいに巻きついたコルセット。 そして袖にレースの付いた白いブラウス。 もうひとつの紙袋は爪先が膨らんだ大きな靴が入っていた。


「あ、それは今日は使わないかも」
「履かないんですか」
「シーツの上で、靴下半脱ぎって良いと思わない?」
「……そのシーツが見当たらないんですけど?」
「うん、まだ車に積んでる」
「あぁ、そうですか」
「取りに行って来るからちょっと試着しといてー」


そう言ってばたんと部屋を出て行った彼の仕事は写真家だ。 それもデザイン界では有名なブランドの服ばかりを撮る仕事。 彼のセンスはどうやらそのデザイン界では重宝されるものらしく 宣伝効果含めて様々なブランド店が彼に服を渡すのはその所為。 そしてぼくの仕事はその彼に写真を取られること。 ただしモデルと言ってもぼくは、彼専属の、モデルだ。

試着しといてと言う彼の言葉に紙袋から引っ張り出してブラウスに袖を通してみる。ぴったり。続いてコルセットは少し緩いが…気にしない、胸が無いのは当たり前だし。 スカートを穿いてみるがこちらはイマイチふくらみが足りない。 大体こういうスカートは中にパニエかドロワーズを穿けば良いのだが…
(紙袋の中には…入ってない)
と言うことは自分のを使えと言うことだ。クローゼットを開けてパニエを取って穿く。 ずっと前に彼が買って来て持ってきたものだった。 靴下まで完璧に試着し終えたところでまた彼が登場。 今度はシーツとかもろもろの小道具を抱えている


「…うわぁ、やばいくらい似合ってるよそれ」
「そうですか」
「やっぱゴスロリにはロングヘアだね。アイロンでストレートにしよう」
「鬱陶しいんですけど、この髪」
「折角伸ばしたのに…」
「鬱になったらばっさり切っちゃうかもしれない」
「え、えぇ!それはダメ!…うーんじゃぁこの撮影終わったら切ろうか」


残念だけど、という言葉を付け足して、彼が髪に触れてきた。 178センチの彼の身長と、158センチのぼくの身長。 20センチの身長差は彼をやたらと大人に見せるから、困る。










「やっぱゴシックって良いね」
「ヘンタイ。ロリオタですか?」
「そんな事言ってたらヌード写真撮るよ」
「うっわあヘンタイ」


仕事人の顔になったハセがシャッターを切る度にフラッシュがぼくを襲う。 周りに置かれた反射板の所為で余計に眩しい。 彼にメイクされて目元はぱっちり、アイラインもアイシャドウも 衣装に負けないように少し濃い目に引いてある。 ヘアーアイロンで真っ直ぐになった髪の毛の間から視線を覗かせてレンズを見つめる。

その奥のハセは、真剣だ。


「あー、靴持って。そう、うん良いよ」
「コレ何処の服ですか」
「ビーエー、ラブ」
「知らない」
「だろうねー最近人気出てきたところだし…店も少ない」
「これ、本当ならいくらなんです?」
「いくらだと思う?」
「さぁ。興味ない」
「なら聞くなよぅ」
「…いくらなんですか」
「全部で12万ちょい」


思わず目線を上げるとレンズとかち合った瞬間にフラッシュ。あ、今の目線かなり良かった、と彼がカメラをずらして笑う。


「そんなにするんですか」
「手が込んでるんだよその服。」
「まぁ、ソレは判りますけど」
「ブラウス2万、コルセット3万、スカート3万、靴3万、その他もろもろ」
「…こんなの買う人居るの」
「居る居る、世の中には奇特な人も居るのさ」
「ふぅん」
「あ、ヘッドドレスのリボン噛んで」


かしゃ、と目に悪い光。 そしてぼくが紙に焼き付けられてその紙が印刷されて全国に配布されるという奇妙な事実。 それでもぼくが通っている美大では有名なファッション雑誌に載っているあのモデルが可愛い、 などと噂されてもそのモデルがぼくだと言うことに隣の女子も、学籍番号が一つ前のニンゲンも、 教師ですら誰一人として気づかない。 まぁ美大では眼鏡だし髪もくくってて前髪下ろしてるから判らないのが当たり前だろうけれど。

あぁ世の中って不思議だ。


「ねー…その格好で外出ようって言ったら怒る?」
「怒らないけど嫌がる」
「あーぁ。あ、シーツに這って、目線だけはこっち」
「セクハラ」
「何とでもどうぞーあ、そうそう右頬だけシーツにつけて」
「………」
「睨んでよ、目の強い子は好きなんだ。君みたいな子は特にね」
「馬鹿じゃないんですか」
「あはは」








「どうして」
「んー?」
「ぼくを撮ろうと思ったの」
「さぁ、どうしてだろうね」
「……」
「知りたい?」
「別に…」
「撮りたくなったんだよ」


それだけ。 カメラを置いて、彼が笑った。 大量のフィルムを費やして、ぼくの姿が全て黒い鞄に納められる。一体何度こうやってぼくはぼくを切り取って紙に封印されたんだったっけ? もう随分沢山の姿を撮られた気がする。そんなぼくはきっと遺影には困らないだろうなとポツリと考える。 欝病ではあるけれど別に自殺願望なんて無いし死ぬ予定なんてひとつもない。 でも本当に、遺影には困らないんだろうなって漠然と思った。 暗い夜とか深い昼とかに、部屋に閉じこもっては雑誌を開いて服ばかりを見つめていた、

そんな、ぼくの遺影。


反射板を片付けて今まで撮影所だったこの場所が元の部屋に戻っていく。ぼくは着ていた服を丁寧に脱いで丁寧に折りたたむ。 靴下も靴も全て綺麗に直して紙袋に収めた。


「あ、それ貰っても良いものだよ。事務所が出してくれたんだ」
「着ませんよこんな服」
「あぁ、そっか。くては男の子だっけ」
「今更何を…」
「なんかね、被写体があまりにも綺麗だから」


あまりにも、綺麗だから。


「…ぼくも」
「ん?」
「一度で良いからその覗き穴からぼくを見て見たい」
「どうして?」
「………」


どうしたんだろう。薬飲んだのに心がちゃんと落ち着かない。

ぼくはただ、綺麗な心の僕を見てみたいだけなんだ綺麗なぼくをみてみたいんだ。いつだって酷く落ち込んで醜い僕しか見たことがないから。


その覗き穴から見たら、ぼくは、少しは違うのだろうか。